成り行きの船出
引用を続ける。
以下では猪狩や馬庭の原型となったイメージも散見されるが、こちらは完成した「妄想代理人」とは随分違っている。
通り魔事件があれば、当然警察が出てくる。担当の刑事がいる。犯人を捕まえられないままに事件は凶悪さを増して連続して行く。世間は警察の無力を批判す
る。批判された警察幹部は担当の刑事にプレッシャーをかける。プレッシャーがかかりすぎた担当の刑事は焦りに焦って捕まえられない言い訳も考えてしまう。
そこへ現れるのが妄想代理人。
使えそうだな。キープ。
この担当の刑事は独身男性という設定にして、最初の被害者で年頃の娘である月子との接近、という彩りも考えなくてはなるまい。待てよ。独身男性というの
が誂えすぎだな。家庭持ちの渋い中年にしよう。不倫の匂いだ。腐敗が進行した現代の警察だ。そのくらいがリアルってなもんだろう。
じゃあ、ついでに月子はファーザーコンプレックスみたいな方がいいだろう。好みの男性は自分より歳が離れたオジサン、というような女だ。刑事がセクハ
ラ、というのも考えられるかな。月子の狂言に気が付いた刑事がそれをネタにしてイヤラシイ行為を強要してくるとか。こんなことも一応視野に入れておこう。
アニメ化の際も、途中までは「猪狩と月子が“できて”しまう」という予定で進んでいたのだが、マロミが大きく介在してきてしまったせいか、そのイメージは
フェードアウトしてしまった。この雑文の段階では、マロミの存在も想定されていないし月子に“不思議ちゃん”といったイメージもまだ浮かんでいない。
核となる登場人物が設定され、事件の概要が見えてきたところで簡単なあらすじにまとめている。
【若
い女性が“バットを持った小学生”に殴打されるという、通り魔事件が発生する。女性の証言以外、目撃者は見つからず警察の捜査が進まぬうちにまたも通り魔
事件が起きる。軽傷で済んだが、被害者の証言では“自転車に乗ってバットを持った小学生”だという。幼い子供の連続通り魔事件に付近の住民は恐怖する。し
かし何より恐怖したのは最初に襲われた女性、月子である。実は月子が襲われた事件は、仕事の遅れの言い訳のために考え出した、彼女の自作自演による狂言
だったのである。
警察の捜査も空しく、同じ犯人と見られる事件が続いて起こり、犯行は次第に凶悪さを増して行く。
ある日、事件の標的になった中年の女性が、目の前に現れた“マウンテンバイクに跨り、金属バットを持った少年”に襲われるが、逆に反撃してその少年を捕まえる。連続通り魔事件犯人逮捕に住民は安堵する。
少年は全ての犯行を認める。が、またしても同じ通り魔事件が次々と発生、そしてとうとう死者が出る。死んだのは当初犯行を認めた少年であった。
捜査は振り出しに戻り、進展しない捜査に世論の批判が高まり、事件担当の刑事は上司からのプレッシャーに悩まされる。最初の事件から洗い直していた刑事
は、最初の被害者、月子の打撲傷が彼女の証言と合致しないことに気が付き月子を問い詰める。月子は全てを白状し、その刑事にすがるように泣き崩れる。スト
レスが高じていた二人は男女の関係になってしまう。
その刑事もまた金属バットの餌食になる。支えを失い、自殺さえ考え始めた月子の前に通り魔が現れる。その姿はすでに成長し、大人なほどの体格を持った凶悪な殺人鬼であった。無邪気に笑う殺人者。
「死にたいならお望み通りだ」
月子と殺人鬼の死闘が始まる】
「始まる」なんて終わり方は安っぽい企画書のあらすじみたいだが、安っぽい企画書みたいなものだから許されたい。
なるほど。当初はテレビシリーズ13本なんてことも想定していなかったし、それほどの長編にするつもりもなかったので、少ない登場人物だけで話があまり広がらないように考えていたらしい。
以下の部分は話作りにおける最近の私の傾向をよく表していると思う。
本来なら、この段階でもう少しアイディアスケッチやら構成やらを考えるところだが、元来が予定調和的なネタなので、アクシデントやまとめきらない展開を期
待して、ここは一つ頭から考えて行くことにする。最近私はそういう傾向らしい。「いいんじゃない?成り行きで」というのは、一見いい加減に見えてかなりい
い加減である。
ウソウソ。成り行きに任せて話を考えていってなおかつまとめるというのは意外と難しいのだが、この方が話に意外性が生まれやすいのも本当である。
「書いている自分が意外に思うくらいではないとお客も意外に思わない」
というようなことを黒澤明監督も言っていたと思うが、予定調和に過ぎる構成ほどつまらないものはない。
「成り行きに任せて話を考えていってなおかつまとめるというのは意外と難しいのだが」とあるが、実際「妄想代理人」本篇はこうした態度で話を作っていった結果、最後は大変難しい局面を迎えてしまった。そのことについてはまたずっと後にでも触れることになろう。
月子は萌えているか
月子の設定に関するスケッチを引用しようと思うが、これは本篇と大きく異なっている。第1話オンエア後、ごく一部から「月子萌えぇ(*´Д`)ハァハァ」というありがたい言葉をいただいたが、最初期のイメージは全然萌えではなかったようだ。
頭から書くと言っても、とっかかりになる月子の背景がまるで決まってないので、せめて彼女の設定くらい考えてみよう。
年齢、職業、出身地、外見などなど、要するに履歴書みたいなものだ。まずバストは88センチ、ウェスト58……そうじゃない。月子は巨乳なんかじゃない
のだ、ってそういう問題じゃあるまい。無論大事だがそれはまだいい。お尻は大きい方が……いいっちゅうの。まず歳は……そうだなぁ、大学を出て就職して2
年目くらい、とすると23、4か。短大出なら21、2くらいか。幼すぎるのも困るから、24にしよう。根拠はまるでないが年女がいいような気がしてきた。
好きな食べ物は……そんな小道にいきなり入るなっちゅうの。
仕事はどうしようかな。一人暮らしだろうからな……って、この話の舞台ってだいたいどこにしよう。東京……でもいいけど、東京を描くのは現在「東京ゴッ
ドファーザーズ」でやってるからなぁ……う〜ん、でもやっぱり東京かな。中央線沿線でワンルームに一人暮らし、というよくあるパターンの女性にしておこ
う。都会の一人暮らしにまつわる色々なことを描きたいと思っていたし、いい機会かもしれない。コンビニだのビデオ屋、ほかほか弁当、長電話だのといった一
人暮らしの風景を描くのは楽しいだろうし、現在ならインターネット、携帯などなど使えるアイテムも多かろう。一人暮らし、ってことは地方出身者ということ
だな。遠い地方から来ている方が不安感も多少大きいような気もするので、う〜ん、どうしようかな、南の人間という感じはしないから北の人間、っちゅうと北
海道、私と同郷か。ま、いいや。
問題の職業だが、個人にかかるプレッシャーが大きい方がいいんだよな。ということは小さい会社が良いと思われる。それも女性ばかり。雑誌の編集部なんか
が良いかもしれない。「自立した女性を応援する情報マガジン」みたいなタウン誌だ。そんな雑誌に携わっている彼女が懸命に言い訳を探していたというのは皮
肉で良かろう。ダブルバインドの状況こそが相応しい。
その職場にはきっと、いかにもやり手の30代後半の女性編集長がいたりするんだろう。それは月子の憧れの姿でもある筈だ、多分。でも月子は自分は弱くてそういう女性になれないことに自己嫌悪があったりするんだ。絶対そうだ。
しかしきっとそのやり手編集長も大きな問題を抱えていたりする、と。使うかどうか分からないが妄想を広げる。
うむ。この基準は大事かもしれない。つまり見た目がしっかりしていそうな人の内実が不安定なほど、妄想代理人の忍び寄る余地があるわけだ。被害者の選択基準はここにあると思われる。
当初はもっと都市生活の断片的なスケッチをしようとしていたらしいが、その辺はあまり本篇で描けなかったのが残念だ。もし描いたら小物の描写に音を上げた
かもしれないが。都会の一人暮らしをしていると、口を利かなくても済む日があると思うのだが(私だけか?)、「主人公が口をきかない話数」なんてのも作れ
れば面白かったかもしれない、と少し悔やまれる。
どうも私はすぐにこういう極端な発想をしたがるらしい。「主人公が口をきかない」なんてアイディアは得てしてこういう反論に遭う。
「無理ですよ、そんなの」
そう言いたくなるのも分かるが、まず極端な設定をしてみるのは作品を作って行く上で有効な思考法だと思う。私はキャラクターデザインなんかも割と極端な
側から考え始める方だ。「東京ゴッド〜」のハナ、ギン、ミユキの顔、その基本フォルムは順に「□(縦に長い四角)、▽、○」という考え方だったし、カラー
イメージは「黄、青、赤」と単純化している。この場合は漫画的・記号的な極端さから考え始めて、リアリティのある方向へと練って行ったが、逆にリアルな描
写から始めてキャラクターとしてこなれた描き方に辿り着くのは意外と難しく時間も要する。
絵であれ話であれ私は極端な側から考えて、調整しつつ形にすることが多いと思う。先の「主人公が口をきかない」場合、まず無理だとするのではなく、口を
聞かなくて済みやすい状況にはどんなものがあるのか、口をきかない替わりに意志表示はどうするか、などなどいかにすれば口を聞かなくて済むのかをひたすら
考えてみる。口を怪我して喋れないなんてのはダメだ(笑)
コンビニやスーパー、レンタルビデオ店等々日常生活に必要なものを手に入れるのに金銭は必要であっても言葉が必要とされないことは多い。友達とのコンタ
クトもメールで事足りる。そう考えると「主人公が口をきかない話数」も実現できそうな気がしてくるし、全編「主人公が口をきかない」ならば唯一口を聞くこ
とがクライマックスなりカタルシスになりそうな気もしてくる。私は特に作劇の際、こうした極端さ、言い換えれば「不自由な制限」を与えることでむしろ楽に
考えられるようになる。その方がアイディアが生まれやすいのである。制限やルールはポジティブに捉えた方が仕事も健全に遂行できるものだと思う。
話が逸れた。月子の職業がいつキャラクターデザイナーという設定になったのか定かではないが、最初はいわゆる自立した女性を目指すタイプの編集者だった
らしい。「自立した女性を応援する情報マガジン」に「携わっている彼女が懸命に言い訳を探していた」とは、いかにも私らしい、というか「妄想代理人」らし
いと思う。うわべの理想に溺れてろくに仕事もしないやつは曲がったバットでぶん殴ってやる。そういう企画だ。
取り繕ってる人たちはつつき甲斐があるものだ。
いざ出帆すぐ座礁
このテキストでは月子の設定もそこそこに上記に続いていきなり話を書き出している。趣味で書いているとはいえ、かなり無茶だな(笑)
月子の設定は後々膨らませて行くとして、とりあえず話を始めよう。
インパクトのあるシーンから始めるというのがエンターテインメントの鉄則だともいわれるが、近頃はそういう図式にもうんざりして来ているんだよな。どうしようかな。これが漫画の短編なら月子が襲われるシーンくらいから始めるべきなんだろうけど。
住宅街の夜道、携帯で話しながら家路を急ぐ月子。
「ええ……ほとんど原稿は出来てるんですけど……まとまらないっていうか……はい、今晩中にはきっと仕上げて朝一番で入稿するようにしますので……すいません」
月子に従うようにひたひたと迫る影。
携帯を切って「今晩中に上がれば苦労するか!」と一人悪態をつく。
月子の背後に迫る影。
彼女が気配に気付いてハッと振り向くと、そこには不敵な笑みを口元に浮かべた少年がバットを振り上げている!
振り下ろされるバット。
ガンッ!!
短編漫画ならこれで見開き2ページというところかな。
しかしまぁ、凡庸というか月並みというか。
しかし、こんな段階でこうした少し具体性のあるシーンのスケッチはあくまで暫定というか、ムードを考えるためのものであり、後でまるで違うものになってもまったくかまわないと思って書いている。
このあたりのイメージは多少姿を変えつつも本篇第1話で踏襲されている。さらに引用を続ける。折角書いたテキストなんだから使っておく(笑)
ま、いいか。こんなシーンをとりあえずのとっかかりということにしておくか。
細かい描写はともかく、最初に月子が襲われる、と。襲われた後であれこれと彼女の身の回りの事情が語られるということにしよう。
襲われた、といってもこの事件自体は月子の狂言なわけだから、観客を騙すことになる。観客はいくらなんでも作品開幕からウソだとは思うまいから、これが
狂言であったと分かるのはそれなりの驚きになってもらわねばならない。いつそれを明かすかは話を進めながら考えよう。
襲われたら、やっぱり病院かな。
病院に警官が証言を聞きに来たりするのであろうか。警察の登場が重要でなければ、新聞やテレビの事件報道を活用することも出来るが、後々使うことになる
刑事を出しておくのも悪くないかな。どうしようかな。先のシーンは実際に起こったシーンではなく、月子が刑事に事件の詳細を話していた、そのイメージとい
う扱いにしようかな。
…………
振り下ろされるバット。
ガンッ!!
「小学生の男の子、ですか?」
「はい、暗くて顔は見えなかったのですが、多分小学校高学年、5、6年生だと思います」
「その子がバットであなたを殴った」
「はい」
病院のベッドの上で包帯を巻かれた月子と二人の刑事。
こんな感じのシーンかな。で、この証言のシーンがオーバーラップする感じでメディアのニュース報道に移って行くのも悪くない。が、ここではもう少し刑事
とのやりとりを考えよう。この刑事は後々月子と関係を結ぶ予定の男だから、イメージを固めてみる。だいたいこういう事件が起きた場合、刑事はどういう線を
疑うのであろう。作者としてはこれが「通り魔事件」だと分かってはいるが、この時登場人物たちは通り魔か物取りかも分かってはいない。可能性としては単な
る物取り、怨恨、それと犯意を掴みかねる通り魔、なんかが考えられよう。
月子はどの程度緻密に狂言を考えたか、あるいはどの程度警察や読者をミスリードするかにもよるが、ここではなるべく素直に「通り魔事件」として浮上させたいので、他の線をうち消す証言を月子にさせよう。
物取りの線を消すには「取られたものは何も無い」としておけば良いだろうし、「全然知らない子。恨みを買っていた相手は特に思い当たらない」ということにしておけばいいだろう。
こういう被害者に直接聞き取りに来るということは所轄の刑事ということなんだろうな。いくらなんでも交番勤務の巡査が来るわけないよな。所轄の捜査一課とかそんな感じだろう。
まぁともかくこの刑事との出会いが、月子になにがしかの印象を残さねばならない。印象を残す場合、「月子は刑事に良い印象を持つ」というケースも想定されるが、つまらないので逆を行く。これもよくあるパターンだが。
「なんて嫌な男」と思わせるようにしよう。その感情が後々逆転すればドラマティックであろう。
きっと刑事は疲れていて、言葉もややぞんざいだったりするのだ。いや、いっそこの刑事は最初から疑っていることにしてしまおう。「こいつ、狂言なんじゃ
ないのか」という具合に。狂言であることはまだ観客も知らないわけだから、あえて本当の事情に迫るものを出しておいて、それを否定する形にするのが良かろ
う。
この段階では割とスタンダードに月子の視点を導入しているが、月子は後に“不思議ちゃん”という設定を与えられた。“不思議ちゃん”の内面を描くとさっぱり“不思議ちゃん”に見えなくなるため、その描写には一ひねりが必要になってくるのだが、そんな話は後でまた。
刑事が最初から月子を疑っているという考え方は、企画の最初からあったということになるし、観客を最初からミスリードすることも画策していたらしい。
さて、唐突だがここで引用を終わる。出し惜しんでいるわけではなくこれ以上先はほとんど無いのだ(笑)
この雑文はお話の冒頭だけを記しただけで投げされてしまった。「東京ゴッドファーザーズ」制作が本格化して、書く暇がなくなったのである。
そしてこの中途で終わっている雑文が雛形になり、これを元に各話に登場するキャラクターたちのバリエーションや作品の方向性を加えた物が13本のテレビシリーズ「妄想代理人」の企画となった。
「原作」というにはあまり胸を張れない程度のものではあったが、「原作」なんて作りながら考えたっていいのだ。だって。制作現場に原作者がいるんだから。 |