妄想の十三「終わり無き最終回。」
-その10-

プロデューサーの回

 馬庭が電波塔の上で「係長が帰ってきた!」というカットまでがAパートで、アイキャッチを挟んでBパートに入る。が、その前にAパートの原画マンの顔ぶれを担当シーン順(複数の場合は先の担当シーン)に記してみる。

 川名久美子
 井上俊之「スーパー原画マン」
 板津匡覧
 鈴木美千代「妄想代理人1話13話」作画監督
 小曽根正美
 山田勝哉
 川口 隆
 安藤雅司「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「妄想代理人10話」作画監督

 業界事情をご存じない方には分からないだろうが、テレビとしてはゴージャスなメンバーで、ほとんどの人は劇場作品を中心に仕事をしている。そしてAパート全170カットを8人の原画マンで乗り切っている。
 次にBパートの原画マンも同様に記す(Aパート担当者も含む)。

 小丸敏之
 濱洲英喜「パーフェクトブルー」「千年女優」作画監督
 板津匡覧
 桝田浩史
 橋本敬史「スチームボーイ」エフェクト作画監督
 佐々木守「パルムの樹」「妄想代理人5話11話」作画監督
 井上俊之
 山田勝哉
 小曽根正美
 戸倉紀元
 松原秀典「ああ!女神様」キャラクターデザイン作画監督
 沖浦啓之「人狼」監督
 川口 隆
 本田 雄「千年女優」作画監督
 浜崎博嗣「テクノライズ」監督「妄想代理人7話」演出
 今 敏「妄想代理人」総監督
 安藤雅司
 阿部純子「妄想代理人10話“マロミまどろみ”パート」作画監督
 朝来昭子「妄想代理人7話」作画監督
 三原三千雄「妄想代理人4話12話」作画監督

 Bパート全163カットは20人も投入されている。さらにメンバーはゴージャスな度合いを増しているのが驚きである。
 AパートとBパートではカット数が大きく違っていないにもかかわらず、Aパートに比べて投入された人員は2.5倍にも達している。理由は簡単。Aパート の方がコンテが先に上がる分、作画に使える時間も多いので一人あたりの持ち分も20カット前後になる。一方Bパートはコンテが上がるのが遅れる分だけ制作 時間は圧迫され、一人あたりの持ち分を減らして多くの原画マンを投入することになる。人海戦術で上げてしまおうという力業であり、これが制作の腕力という ものである。
 13話はプロデューサー豊田君が自ら制作を担当している。クレジットには特に記されていないが、事実上13話の制作を仕切っていたのはプロデューサー豊田君で、「最終回。」が最終回らしく完成を迎えられた背景には、特に彼の尽力が大である。
 13話に参加してもらった原画マンの顔ぶれが豪華なのもやはりプロデューサーの人徳によるもので、おかげで演出も作監も原画では大変楽をさせてもらって いる。要するに直さなくて良い原画がほとんどだった。困難なカット内容が多く、残された時間も少ないところで精鋭を集めてきてくれたからこそ、破綻もなく 13話は完成を迎えられた。どのくらい破綻がなかったかといえば、完成前の最後の2〜3日、私にこう言わせたくらいだ。
「俺、仕事ないや(笑)」
 素晴らしい制作状況だ。

 13話「最終回。」は「プロデューサーの回」だと私は思っている。各話数にはそれぞれ「牽引車」的な存在がある。顕著な例では2話は鈴木さん(作監)、 4話は三原さん(作監)、7話は浜崎さん(コンテ・演出)という具合。必ずしもスタッフ間の力関係というわけでもなく、その人間一人の功績に帰せられると いう意味ではない。何がその話数を引っ張るかということで、場合によってはシナリオやコンテが牽引車になることもある。その話数のもっとも顕著な特徴が何 に現れているか、といったニュアンスである。そういう意味で13話はプロデューサーの牽引によって完成を迎えた回であると思う。

 穏やかに迎えられた完成の話はまた後に譲るが、制作途中は危機感に溢れていた。Aパートはまだ時間に余裕があったとはいえ、コンテが上がったのが4/8。

4/8(木) 14時起床。今日は花祭りか。おシャカにならないようにせねば(笑)。コンテのキャプション打ち、画面合成。イラクで邦人3人が拘束される。30カットコンテアップして深夜Aパート終了。

 この時点で確かオンエアは当初予定の5/10から一週落としてもらい、5/17ということになっていたが、それでもAパートコンテアップの約40日後、 納品日までなら一ヶ月である。アフレコは4/28で、その前に何より編集という重要なプロセスが控えている。本来的には編集までにすべてのカットを揃える と以前書いたが、そんな夢のような進行状態などあるわけもなく、編集までにコンテを揃えるのがやっとの状況である。
 その第一の難関「編集」は4/24。
 そしてBパートのアップは4/24。
 わっはっは。同じ日じゃいかんだろ(笑)
 そしてもっといかんかったのは上がったコンテの尺が足りないことであった。
 ぎゃ。

また会話

4/24 (土) 結局13時過ぎまでかかってコンテ完成。しかし44秒ほど尺が足りない。ウソ〜ッ。編集で対応するしかあるまい。14時過ぎ、ひとまず眠る。17 時起床。伸ばす箇所の試案。20時オールラッシュ、編集開始。主に月子の回想シーンを尺伸ばし。一通り編集して、19秒オーバー。ホッと一安心。編集後の 通し見。いい感じと思う。

 愕然とした。前日の夕方からぶっ通しで翌日の昼過ぎまでコンテを描いて、やっと完成した!と思ったら44秒も足りない。大失態だ。わっはっは。
 しかし日誌にあるように、これは素速く対応して編集前には尺を伸ばすカットを決め込んでいたので大きな問題にはならなかった。いやぁ、びっくりびっくり。

 苦労の末に何とか完成したBパートコンテを振り返りながら駄文を連ねてみる。
 アイキャッチ開け、Bパート開巻は現実に戻ってきた猪狩が呆然と立っているカットから始まる。猪狩の目の前には破壊された街並みがあり、背後には無数の マロミの山。このマロミたちは「記号の町」を形作っていたもので、猪狩がぶち壊した結果散乱している。しかし一体マロミたちはいかにして「記号の町」を形 作っていたのだろうか。そこには実は重大な秘密はない。全然ない。私も知らない。
 いくら考えてもそんなことは分からないので、「たくさんのマロミたちが記号の町を作っていました」という実に記号的な描写にとどめている。というよりとどめる以外になかったのだが。
 月子の前にレーダーマンが立ちはだかり、レーダーマンが月子に十年前の事実を突きつける。Aパートに続いて、またもや会話による対決である(笑)
 最終回としては前半でも後半でもこうした動きの少ない会話による対決があるのは私の好むところではないのだが、どちらのシーンも退屈しないように変化に富んだ工夫は施せたと思っている。もちろんシナリオから工夫されていたものだ。

 Aパートでの猪狩と美佐江の会話は回想のインサートと花火で、Bパートのレーダーマンによる真相解説では集結してくるストレスボンドがインサートされる ことで、このシーンが盛り上げられたような気がする。後者は特に平坦になりがちな一方的な語りを、それに並行する形でストレスボンドを描くことで、それが どうなるのか?という期待を持続させられたと思う。
 ただ普通に考えるとAパートで猪狩を現実に帰らせるために手の込んだ真似をしたのだから、それを受けて「さぁ、猪狩の活躍!」となるのがパターンなのだ ろうが、猪狩は何もしない(笑)。戻ってきて終わり。猪狩の物語としては「現実に戻ってくる」というところで完結しているといってもいいし、ストレスボン ドは猪狩が活躍して何とかなるような相手ではない。
 集結したストレスボンドはマロミの抵抗によって、両者が融合し、そして猪狩と月子を呑み込む。このあたりの素晴らしいエフェクト作画は完成画面で堪能いただきたい。これもまた井上俊之氏の素晴らしい原画によるシーンだ。
 ここで荒れ狂うストレスボンドやマロミと融合したボンドは「天災」をイメージしていた。それはもう「どうしようもない」ような相手である。いいやつであ ろうがそうでなかろうが、相手が誰であれ等しく呑み込む。モブであれ主要な登場人物であれおかまいなし。いくら猪狩が全力で走ろうと容赦なく呑み込む。
 世の中にはそういう「どうしようもない」ものはたくさんある。農家の人がどんなに一所懸命に丹精込めて育てた稲だって、台風が来てすべてを無に返すこと がある。一所懸命な努力が必ず結実するわけではないことや正しい行いが天に報いられるとは限らないことは、多くのニュースが伝えている。車に轢かれて死ん だ人が天の罰だったわけもなかろうし、轢いた人も轢きたくて轢いたわけでは無かろう。そういう場合も稀にあるだろうけど。保険金のためとか。
 阪神大震災で被災した人が悪人だったわけがないし、テロの巻き添えになった人、アメリカ軍の誤爆で流れた血が天罰の結果であるわけがない。
「どうしようもない」「仕方のない」ことなどこの世には溢れている。しかしそれはそれとして受け止めて生きて行くしかないじゃないか。だって仕方ないんだから。
 猪狩は理不尽にもボンドに呑み込まれる。呑み込まれたが死にはせず、後に荒廃した地上に姿を現す。地上には累々と死体が転がっている。ボンドの猛威に呑 まれて多くの人が死んだことになるが、猪狩や月子や川津がそうであるように生き残った人も沢山いるだろう、と私は解釈している。その生死を分けた理由が必 ずしも本人の意志の力であるとは思わない。言えるとしたらこういうことじゃないか。
「そりゃあ運が良かったんだ」
 世の中はそういうもののような気がする。
 持っていた運の良し悪しを嘆いてみても、これもまた「仕方のない」ことだと私は思うし、自分に与えられた運を元手にして自分なりに生きてみるしかないよ うに思える。エピローグで登場する猪狩にはそんな思いを込めている。足早に行き来する人々の中で、猪狩は警備員姿で立っている。

  好きな言い方ではないが、猪狩は「自分の居場所」を見つけたという絵のつもりだ。猪狩の両側と手前には建物の影が落ちており、小さく日が当たった場所に猪 狩は立っている。この狭い場所がいわば猪狩の居場所というつもりであった。そこには警備員という仕事であるといったことも含まれるだろう。現在与えられた 条件の中で楽しく暮らし生き甲斐を持つことを見つけたのだろう。猪狩の服、警備員の衣装に付いた反射板の光は、猪狩のささやかな勲章のつもりであった。
 エピローグについてはシナリオから一点、大きな変更を加えさせてもらった。シナリオでは、猪狩の女房・美佐江は実は生きていたことになっている。
 警備の仕事に出かける猪狩を、雨の中布団を干す美佐江が見送る、というシーンがあったのだが、私もそこまで鬼になれなかった(笑)。というのは半分冗談だが。
 確かに猪狩はたとえ少々頭のおかしい女房であろうと、それを受け入れた以上これからも背負って生きて行くだろう、という描写も有りだとは思った。劇的なシーンがあったからといって、人生が劇的に美しく、というか都合良く変化するものではなかろう。
 ただ、私は猪狩の都合のために美佐江を死なせたわけではない。むしろ美佐江自身の物語として、その死によって完結した方がいいように思えたのである。美佐江はきっと、良い人生だったと思って死んだ…と思……思いたい。

マロミと融合して荒れ狂うボンド。井上俊之氏の原画による完成映像を堪能いただきたい。

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