妄想の八「妄想文化祭」
-その4-

 続いての野球物「HR」は 三原三千雄氏のコンテ・作画によるキャラクターの表情も楽しい一編。シナリオを元に簡単な打ち合わせをして、数時間も要さずしてコンテが上がってきたとい う速攻ぶりに驚かされた。三原氏は4、12話でその絵の腕力ぶりを遺憾なく発揮しているが、この短編でもそれは十分に堪能出来る。
ピッチャーにプレッシャーをかけるチームメイトの声はすべて飯塚昭三さんにしたのは私の悪戯心による。9話のアフレコ関連の話は後で触れようと思う。

空腹と戦うボクサーが登場する「TKO」の 素晴らしいコンテは私だ。さすがだ。原画も井上俊之、濱洲英喜、羽山淳一、鈴木美千代と素晴らしい面子である。この短編も作監を立てていないので各原画マ ンの絵がそのまま出ているはず。しかし作監がいないという弊害もあってかボクサー・蟻塚が最初にショートケーキを発見したときの絵と、それを打ち砕く寸前 の絵でケーキに入っているイチゴの数が前者が2つ、後者が3つとなって違っているのはご愛敬(笑)。さらにケーキの周りを包んでいるビニールが有りと無し という間違いもある。気にしないでくれ。
私はこの短編も気に入っている。アニメのセル表現ではなかなか難しいとされる食べ物を、蟻塚の心情を映すようにちゃんと美味しそうに描かれていると思 う。食べ物が出てくるカットは鈴木美千代さんが担当したと聞く。原画での処理も上手く行っていると思うし、特効も非常に上手く乗せてくれていると思う。特 効でもう一ヶ所非常に感心したのはC.11。

 

 コンテのキャプションでは「ハーモニーにしたいところですが(笑)」「“それ風”な感じ」となっているが、完成画面では見事なまでにハーモニーでそれ風な画面になっている。

ア ニメに詳しい方ならお分かりかと思うが、ここでいう「ハーモニーでそれ風」とは「あしたのジョー」「ベルサイユのバラ」「エースをねらえ!」などの演出で 知られる出崎 統さん独特のスタイルを指している。氏の顕著な演出スタイルの一つは要所要所で劇的な止め絵が出てくること。それも単なるセル表現ではなく、実線+筆によ る描写という方法で表現されたもので、通常「ハーモニー」という。
先にも記したように「TKO」は元々「あしたのジョー」のイメージがあったので、是非とも出崎さんのスタイルをオマージュとして取り入れたかった。蟻塚 がアップになった際、画面上部などに入る「パラ」もその一つ。(元々パラはカメラ前に置く「パラフィン」のことで、画面の一部にグラデーションをかけて絵 のバランスを整えたり、劇的な効果を補助するものであったが、現在ではデジタルなので自由自在にかけることが可能である。)
しかし「ハーモニー」とは言ってもキャプションの通り「人手もないので実線のタッチや2号影を活かして「それ風」な感じ」で我慢しようと思っていたのだ が、特効の谷口久美子お姉さまが、コンテの意図を汲んでくれたのか見事なまでに“それ風”なハーモニー画面に仕立ててくれた。私はオールラッシュでこの カットを見て驚くと同時に大笑いした。さすがクミちゃん。
私が自分で気に入っているカットはこれ。

  朝靄の奥、すなわち心のレッドゾーンに走り込んで行く蟻塚を、路面が「止まれ」と警告している。他愛のない冗談だが「東京ゴッド〜」的な発想で私は気に 入っている。本来なら縦の構図にして「止まれ」の文字を踏んで奥へと走って行く蟻塚、としたいところだが、奥へ走らせるとその分すべて作画になってしまう ので、リピートの利く横移動で妥協している。

「UMA」は アホな無人島もの。一コマ漫画では使い古されたモチーフである。「背景が楽な海」のというリクエストを満足させている一編。しかし出来上がったBGは決し て「楽」ではなく、冗談が際立つように素晴らしい描写がなされている。ごくごく短いエピソードだが、安藤さんが一人で原画を担当しているので、ゴージャス なバカバカしさが上手によく表れていて私は好きな一編。

汚職政治家と秘書のやりとりが面白い「SOS」。これも三原さんの絵の魅力に溢れている。コンテ・演出の高橋氏の画面イメージは昔の水木しげる風だそうな。日本人の顔がいい感じに出ていると思う。

ロケット打ち上げの「HH」のコンテは私。ありがたいことに原画はすべて安藤さん。おかげで人物の表情が素晴らしい一品になっていると思う。

  これはシナリオ上では「H2」というタイトルだったが、あまりにストレートすぎるので(笑)、タイトルをHが2つで「HH」とした。この話の心ないアイ ディアは総監督による。失敗が続く日本のロケット関係者はさぞや心労が絶えないだろうなぁ、追いつめられているだろうなぁ、という思いやりから生まれた。
また、四散したロケットが青空に「すき」と白い航跡を引いて行く絵に、某大国の事故を思い出された方もいるだろうが、その通りだ。こういう危ないネタを 狙うなんてけっこうチャレンジャーの精神に溢れていよう。私は当時、その事故のニュース映像を見て女房にこう言った覚えがある。
「“すし”って書いてあったよな」
「そう?あたしは“すき”に見えたよ」
この会話を思い出してコンテを描いた。
出来れば「寿」にしたかったが、あまりに複雑な形なので諦めた。

 え?さっきから不謹慎だって? なぁに、茶の間のテレビの前などそんな会話に溢れているに決まっているだろうさ。私は偽善が嫌いなのだ。
ご覧になった方はお分かりだろうが、ロケットの爆発は絵として描いていない。普通に考えると、このエピソードの「アニメとしての華」はロケットの爆発に こそあるとされるかもしれないが、面白いのはそこではないと私は思う。あくまで重要なのは「追いつめられる職員」である。なのでロケットの爆発はS.E. のみにして、モニタしている職員の表情を大事にしている。
またシナリオでは爆煙の中から少年バットがパラシュートで降りてくることになっていたが、画面作りと作画が厄介になりそうだったので、こうした。

戸口に立っている少年バット。
廊下からの光で逆光になっている。
肩に担いでいたバットをちょっと構えてセリフ。
少年バット「まいど!」

この少年バットのセリフ、「まいど!」で終わらせておいたことが予想外の面白さに繋がった。DVDやビデオをお持ちの方は確認してもらいたいが、 「HH」が終わって、次の「ETC」部分に変わると、こちらではちり紙交換車が「まいどありがとう……」とアナウンスしている。この「まいど繋ぎ」は効果 さんの気の利いた冗談だと思う。私はダビング時に大笑いした。
まるでちり紙交換車が少年バットに成り代わっているみたいでもある。そう、確かに少年バットが必要とされる頻度はちり紙交換車のそれとさして違わないくらいの世の中に思える。

そして軸となる主婦たちの「ETC」だ が、これは巨匠りんたろう氏のコンテによる。苦しい制作事情を考慮して同じカメラポジションをやりくりして要領のいいコンテを上げてくれている。りんさん らしい、短いインサートカットも効果を上げており、私は楽しませてもらった。巨匠にお願い出来たのは制作プロデューサー・豊田君のおかげ。りんさん監督に よる「キャプテンハーロック」の新しいシリーズはマッドハウス制作で制作プロデューサーが豊田君だった関係による。
思い出した。「千年女優」終了後、制作が始まったこの「ハーロック」を、私がコンテ・演出で「千年」班で一本やろうという話もあったのだが残念ながら叶わなかった。う〜ん、見てみたかったな、私の「ハーロック」。自分で言うな。

妄想文化祭

 9 話のイメージは、いわば「妄想文化祭」。つまり「妄想代理人」レギュラー出演者による出し物がいっぱいという感じ。アフレコ当日、キャストの皆さんにその ようにお伝えしたところ、すぐにイメージも把握してくれたようで、またこの企画を非常に楽しんでくれたように見受けられた。全13話中もっとも楽しいアフ レコだったと思う。
9話の登場人物は非常に多いが、キャストは実に少ない。
能登麻美子さん(レギュラー役は月子)、飯塚昭三さん(猪狩)、関俊彦さん(馬庭)、山口眞弓さん(イッチー)、津村まことさん(ウッシー)、京田尚子 さん(謎の老婆)、阪口大助さん(少年バット)。たった7人である多かったと思われる1話の時などは、20人くらいいたのではなかろうか。
一人何役も担当する形で、レギュラー出演者のみで固める、というアイディアは私の冗談から生まれた。実はこれも苦肉の策であった。そんなのばっかりだな。
9話のコンテはバラバラに描かれたのだが、進行状況がひどく良いものもあれば恐ろしく悪い状況の物もあって、結局、一番遅い「IQ」などはアフレコの数 日前、編集日当日に上がっている。アフレコ台本が間に合わず、「IQ」だけは当日プリントアウトしたものでアフレコしたくらいである。そのくらいコンテが 遅れたため、キャスティングを考えてもらう時間もなくなっていた。
キャスティングはレギュラー以外はたいてい音響制作会社の方で選んでもらっており、早めに各声優さんのスケジュール確認を取ってオファーしてもらわなければならないのだが、それも出来ない。ということで、出たのがこのアイディア。
「じゃあさ。レギュラーだけでやろう。そうすりゃキャスティングの問題は一気に解消じゃないか。やぁやぁ名案だ(笑)」
9話の役柄一覧を書き出して、そこにレギュラーの役者さんの名前を割り振ることにした。設定制作の吉野さんと一緒に、ゲラゲラ笑いながらの楽しい作業であった。
「え〜と……鴨原さんは能登まみまみでしょ、胡桃沢さんは細身の感じだからイッチーの山口さんで、ちょっと丸めの山之内さんはウッシーの津村さんで、猫ババは京田さんで決まり、と……」
こんな具合である。ちなみに猫ババ、胡桃沢さん、山之内さんのキャラクターデザインは「東京ゴッドファーザーズ」に出てきた主婦たちをそのまま流用している。
「“IQ”の鶴田修はね……う〜ん…イッチーの山口さんかな」
「阪口さんがいいんじゃないですか?」
「あ、いいね、それ。少年バットの阪口さんがバットに殴られる(笑)じゃあ試験官は……」
「飯塚さんですよ。猪狩の声でプレッシャーかける(笑)」
「ぎゃはは。そりゃいいや」
「“LDK”はね……嫁の鮎川麻衣は能登まみまみでしょ。もう能登さんに“クソババァ”って言わせるのが楽しみだな(笑)」
「お姑さんは絶対京田さんですよ」
「わっはっは、そりゃいいや、はまり役だな」
「OH」のキャスティングはコンテを描いていたときからイメージがあって、ヒロイン鯉沼亜希子には絶対、能登まみまみ。相手役・鷲尾治樹は「OH」演出・作画の鈴木美千代さんのリクエストもあってイッチー役の山口さんということになった。
「“TKO”の蟻塚ね……若い男だからやっぱり関さんだろうな」
「“シュッシュッ”しか言いませんけどね(笑)」
我ながら秀逸だと自負しているのは「HR」のキャスティングである。
「“HR”はね……どうしようかな。レギュラーの役者さんだと男性陣が3人しかいないからなぁ……選手が9人で実況と解説でしょ……う〜ん……」
そこでまたしても天啓が閃いた。 
「主役のピッチャー以外、全部飯塚さん攻撃ってのはどうだ(笑)」
ピッチャー虻川が馬庭役の関さんで、そこにプレッシャーをかけるチームメイトすべてが飯塚さん。素晴らしいアイディアに我ながらゲラゲラ笑ってしまった。
「じゃ、ついでに解説と審判も飯塚さんだ(笑)」
という監督の机の上の楽しい冗談によって飯塚さんはピッチャー以外の選手8人と実況解説、審判の一人10役という離れ業というか、アホみたいな冗談をさ せられる羽目になった。アフレコ現場では「え?これ全部俺なの?演じ分けられねぇよ、こんなに」とか何とかブツブツ言いながら、実に楽しそうに演じ分けて くれた飯塚さんであった。
先にも書いたが、9話のアフレコは実に和やかなムードで非常に楽しかった印象である。完成作品でも役者さんが楽しげに演じているのがお分かりいただけると思う。
印象的だったのは京田尚子さん。京田さんには「千年女優」の時にもお世話になっており、こちらでは千代子のお母さん役で非常にいい味と存在感を出してく れている。「妄想代理人」本篇では……って9話だって本篇ではあるのだが、京田さん本来の役は「謎の老婆」。老婆の芝居としては主に6話での身の上話で、 1話ではブツブツという独り言しかセリフがなかった(なんて贅沢な使い方だ)。婆さんがあまり口数の多いキャラクターではなかったので、猫ババ、姑役とい うよく喋るキャラクターはまた違ったやり甲斐を感じてくれたらしく、どちらの役でも非常にいい味とテンポを出してくれている。その京田さん、アフレコの休 憩時間の際、ロビーのソファで軽食を取られていたのだが、私に気づくと実にニコニコしながら「とても楽しいです」と仰ってくれた。とてもチャーミングな笑 顔に私の方が非常に嬉しくなってしまった。

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