妄想の十三「終わり無き最終回。」
-その11-

子供時代の死

 少年バットとマロミが融合したボンドに呑まれ、月子はゆらゆらと漂いその中で内的世界に入る。ここからはいわば月子の回想であり、ここで少年バットとマロミの出自が語られることになる。
 大雑把にまとめてしまえば、「幼い月子は不注意からマロミの手綱を放し、そのせいでマロミは車に轢かれて死んでしまい、それを自分のせいだと認めたくない月子はその内部から少年バットを生んだ」ということになる。
 それまでの少年バットやボンドによってもたらされた被害に比べてひどく小さな出来事であり、そのギャップは意図したところ。馬庭が解説してくれた真相と何も変わらないが、この回想で大きな要素が付け加えられる。初潮である。
 随分前に「妄想代理人」の発端となったテキストを紹介したがそこにはこうある。

  この発端となる女性を仮に、“月子”と名付ける。取りたてて深い意味はないが、妄想代理人を生み出した彼女の背景には女性特有の苦しみがあったことにした い。「生理」については私は実感をもって考えることは出来ないが、大変な苦痛を伴う女性もいるようだし、狂言を演じてしまった、あるいは演じざるを得な かった月子の事情としても考えられよう。「生む」というイメージには血もつきまとう。
 
「なぜ少年バットは生まれたのか」という謎は、いかに「上等な“不親切”を提供したい」と願う我々にしても、さすがにしらばっくれるわけにはいかない重要 な問題であった。これに関して原作者としては思い付きの当初から、それは生理にまつわるものではないか、というイメージがあった。
 先にストレスボンドの猛威は「天災」のイメージで、それによってもたらされた被害という結果はひどく大きく、それをもたらした原因はひどく小さい、と書 いたが、しかし両者は「どうしようもない」というイメージにおいて共通すると思っている。DVD第6巻の監督インタビューで私はそれを「抗えないもの」と 言っている。つまりどうやったところで避けようがないこと。
 私は男なので「初潮」や「生理」について、またそれらが及ぼす心理的な影響もまったく分からない。なので、この回想で語られることは私の幻想以外の何物 でもない。イメージの産物、妄想の産物である。だが、私としては「初潮」や「生理」といった微妙な問題を描きたかったわけではなく(描けるわけないし)、 人間にはどうしようもなく「抗えないもの」「理不尽なこと」「不公平なこと」がある、という点を大事にしたかったのである。気分が悪いとか痛いとかいった 状態が定期便のように届けられる理不尽、それは男性にはないという不公平、しかも子供の頃にはそんなものがなかったのにという理不尽。選択の余地無く背負 わされてしまった理不尽である。
 初潮の訪れは「子供時代の終わり」(そう単純化してもいけないが)と考えられるし、つまりは「子供の死」である、と考えた。マロミという「子犬」の死も 同様である。死には「血」のイメージも付帯する。タラリと血が流れるカットは、「初潮」と同時に「子(犬)の死」も表したつもりである。
 轢かれて死んだマロミは「子供の月子」と言い換えて差し支えない。その死んだ筈のマロミがぬいぐるみのマロミとして、月子主観では「生き残った」という ことは、子供のままの月子が生き残った、ということだと考えていた。月子の「不思議ちゃん」「社会性の欠如」はこの生き残った子供の月子であり、大人への 通過儀礼をうまく通り抜けられなかった、というイメージである。
 また「初潮=子供の死」は同時に「生む」機能が整ったということも意味している。そのイメージが「少年バットが生まれる」ことに繋がっていると思う。シ ナリオでは幼い月子のすぐそばに少年バットが立っている、というイメージだったが、もっと直接的に「月子から生まれた」ことを絵にしたかったので、幼い月 子の影が少年バットのシルエットになっている、とした。理屈がどうこういう問題ではなく、言語によらないイメージとしての説得力が得られたと思う。
 また、子供としての月子やマロミが死んだから少年バットが生まれたという単純なことではないし、そこに整合性のある言語的な解釈が成り立つかどうか、そ もそもそんなものがあるのかどうか(多分ないような気がする)私には分からないが、絵でものを考える者としては自分なりに納得が出来た気がしている。

 念のため断っておくが、ここで書いているのは正しい解釈ということではなく、単に私が話を作りながらコンテを描きながら考えていた私なりの解釈である。 予め整合的な解釈があった上で話を作ったわけでもない。自分が描いていることは一体どういうことなんだろう、と作ると同時に考えるものだ。いや、正確に言 えば、このテキストを書きながら考えた解釈に過ぎないと思う。

回想からさらにメタへ

 このシーンに沿って、少しキャラクターに寄った解釈も加えながら振り返ってみる。
 完成した画面では、いかにも「回想」というお断りのように色調もノスタルジックで画面周辺も少しぼやけた感じになっている。イメージとしては夏の夕方、 湿気も多く「だるい」感じ。セミの声が「だるさ」を強調する。画面周辺の処理や画面全体に滲んだような処理も、コンテ段階では想定していなかったのだが、 撮出し時に私が加えた。制作も終盤を迎えた頃、原画マンと作監の素晴らしい仕事のおかげで、私は暇になりつつあったので(笑)、撮出しするカットを急遽増 やしたのだ。当初は特殊なカット以外は撮出しはしないことにしていたのだが、時間があるなら話は別だ。20〜30カット撮出しを追加して自分で担当するこ とにしたのだが、この回想もそこに含まれた。

C.271比較

C.282比較

C.271、282共に上はセルとBGを組んだだけの素の状態。下が撮出しで処理を加えた状態。C.282の月子のアップだと分かりやすいと思うが、単純な塗り分けの中に微妙なグラデーションが加わっている。滲んだ感じが割と効果的だったと思う。

 どうやってこういう結果が得られたのか、もうよく覚えていないが、サンプルデータに乗せてあった説明書きは次のようになっていた。

回想シーン(C.270-292)画面処理
●画面周辺には「回想シーン画面周辺テクスチャ」というセットが乗ります。
 これはカメラワークにかかわらずカメラ前に固定です。
●BGとセル、両方が合わさった状態でコピーして色を調整し(色相/-10 彩度/+20)、それを20ピクセルぼかして「オーバーレイ」で重ねます。ボケ幅はカットごとに違います。

「回想シーン画面周辺テクスチャ」というのは次のような素材。分かりやすくするために黒地の上に「回想シーン画面周辺テクスチャ」を乗せた状態。

多分、錆と和紙のテクスチャを組み合わせて作ったような気がする。

 意図としては全体にだるさとノスタルジックな感じを加えた。通常の背景+セルでは出せないムードにはなったと思う。また画面を「いかにも回想」という感じにしておくことで、回想ならば登場するはずのない大人の月子が現れることに意外性を持たせようとした。

 コンテを引用する前にコンテで加えられた演出を明らかにしたいと思うので、シナリオの決定稿から同じシーンを引用させてもらう。

○血潮の中

血潮の中を漂っている月子。
ぼんやりしていたその目が、ハッと見開かれる。
      ×    ×    ×
小学生の月子が、マロミを連れて散歩している。
草の匂いをクンクンと嗅いでいるマロミに、
 月子「もう行くよ、マロミ」
と、手綱を引っぱっているが、にわかに顔をしかめ、
下腹を押さえてその場にしゃがみこむ。
 月子「痛…」
草の匂いをクンクンと嗅ぎながら、月子を離れていく
マロミ。と、車の走行音が近づいてきて――
ドンッ!
 月子「!(ふりむく)」
車が走り去った道ばたに、マロミが横たわっている。
 月子「マロミ!」
と、その亡骸に駆けより、
 月子「マロミ…マロミ〜〜っ!」
号泣する。その小さな背中を――
かたわらで見ている大人の月子。
大人の月子「お父さんに飼ってもらった犬だったね…」
泣きじゃくっている子供の月子。
大人の月子「お父さん…こわい?」
子供の月子、キッと顔を上げて、
子供の月子「大好き! お父さん、大好き! だから…だから…!」
大人の月子「………」
かつての自分を哀れむように見つめる月子。マロミの
亡骸に近づき、抱き上げて、
大人の月子「マロミ…ごめんなさい…」
ギュッと抱きしめる。と――
少年バット(オフ)「ありがとう…」
ふりむくと、そこに少年バットが立っている。
成長するまえの子供の姿。その表情から邪悪さも消え
ている。
少年バット「さよなら…」
月子、少年バットをじっと見つめ、
 月子「さよなら…」
少年バットの姿が――スケッチブックに描かれた落書
きのそれになる。
ボッと火がつき、メラメラと燃えていき――
      ×    ×    ×
スケッチブックを燃やしている月子。
灰になっていくマロミと少年バットに、
 月子「さよなら…」

 先にコンテではほとんどシナリオをいじってないと書いたが、このシーンは若干変更を加えていたらしい。すっかり忘れていた。シナリオの直しはシナリオ段 階で、というのが本来の在り方だとは思うが、シナリオ時より時間が経って考えが深化した分こうした変更もやむを得ないし、絵にしてみなければ分からないこ とも多い。
 本篇と比べればお分かりいただけると思うが、大きく変更しているのは「父親」の存在をグッと後退させて、血にまつわる部分を強調したことであろう。これ は当初からの私のこだわりによると思われるが、「月子−父親」という肉親の結びつきの中で少年バットの出自を考えるより、「月子−初潮に表される自然」の 関係で捉えた方がより「深い」と思えたからだろう。

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